人造色素の実験
1. フタレイン色素の実験:
(1) フェノールフタレインの作成:
フタレイン系色素の最も基本的なものとして、フェノールフタレイン (C20H14O4、M=318.3、mp.≒260℃、ρ1.28、白色粉末、水に不溶、アルコールに易溶)が挙げられる。
フェノールフタレインは、安定な色素ではなく、強アルカリ性領域で 赤紅色を示す
pH指示薬(pH<8.3 無色、8.3<pH<10.0 ピンク、10.0<pH<13.4 赤紅色、13.4以上では再び無色となる)として用いられる。 弱アルカリ域(ピンク)での構造は、トリフェニルメタン構造であり、フクシン色素(紅色)と同じようになる(↓右、 トリフェニルメタン系色素に分類されることもある)。 フェノール2分子と
無水フタル酸1分子が 脱水縮合して得られる。 フェノールフタレインは、pH指示薬と共に、1世紀以上もの長い間、下剤としての用途があった。 フェノールフタレインの各種の誘導体は、pH指示薬の一群として用いられている。(フェノールレッド、チモールブルー、ブロムチモールブルー、など)
フェノール(C6H5OH、M=94.1、bp.181.7℃、mp.40.5℃、ρ1・07) 5.7g、 無水フタル酸(C8H4O3、M=148.1、mp.131℃、ρ1.53) 3g、 濃硫酸 2ml を100ccのフラスコに入れ、115〜120℃のオイルバスで 6時間 時々撹拌しながら加熱する。 時々、フラスコ内の液表面にガラス管で息を吹き込んで
水分を逃がす。
6時間経ったら、少量のエタノールに溶かして、100ml程度の水中に入れて撹拌して、なるべく細かく分散するようにする。
これを再びフラスコに入れて加熱し、水蒸気と共に 未反応のフェノールを蒸留し去る。
(これを数回繰り返す) 分散した細かい粒子は 吸引ろ過して、洗浄、乾燥する。 収量: (かなりの部分を捨てたので)
約0.7g。
反応が遅いので、加熱時間は24時間以上にするのがよいと思われる。 (温度制御器は、電子工作49.メタル・バス恒温槽 を用いた)
収量が少なかったので、次は、 フェノール 3g、 無水フタル酸 3g、
無水塩化亜鉛 3g とし、無水フタル酸を過剰にして 極力未反応のフェノールを減らすよう試みた。 過剰の無水フタル酸は水と共に煮沸すると可溶性のフタル酸に加水分解される。 また、硫酸の代わりに塩化亜鉛を用いるのは、高温にして反応速度を速めても硫酸のようには分解しないため。 メタルバスで180℃前後で、時々撹拌しながら 3時間加熱した。
反応物を 10%程度の水酸化ナトリウム溶液に溶かし、硫酸を加えて フェノールフタレインを分散析出させた。
除去しにくいフェノールは少ない。 吸引ろ過、乾燥後の収量: 約2g。 色は、灰色で、タール分やフェノールなどの不純物が入っている。 一応、アルカリ性にすると、わずかな量で強い紅色が出るので、性能的には使用可能と思われる。
(2) フルオレセインの作成: ・・・ メタルバスを使って”バスクリン”を作る?
フルオレセイン(M=332.3、mp.315℃、pKa6.4、水に不溶、熱エタノール、酢酸に易溶)は、2分子の
レゾルシノールと、1分子の 無水フタル酸が 脱水・縮合して作られる。 吸収極大はλ=494nm、
放射光の波長(水中)は λ=521nm (pH5〜9)で、青色で励起され 緑色の蛍光を放射する。 フルオレセインとその誘導体は、蛍光ペンのインクや、生物細胞の染色、”バスクリン”などの入浴剤等に用いられている。
レゾルシノール(m‐C6H4(OH)2、M=110.1、mp.111℃、bp.282℃、水、エタノールに易溶) 4.4g、 無水フタル酸(M=148.1、mp.131.8℃) 3g、 塩化亜鉛(ZnCl2) 2g を、太試験管に入れ、時々撹拌しながら 210℃程度で 2時間加熱する。(撹拌すると沸騰し、速やかに水分が蒸発して反応が進む)
反応後は、氷酢酸 10mlを加えて加熱して抽出。これを2回行ない、最後に熱エタノール10mlで抽出する。 抽出液を合わせて、300ml程度の水に投入し、一度煮沸してから、ろ過する。 さらに、ろ過物をもう一度煮沸、ろ過し、乾燥する。 (レゾルシノールは水に易溶で、無水フタル酸も煮沸によって水溶性のフタル酸になるので、フェノールフタレインと比べて、分離は容易。) 収量: 約4.5g。
* フルオレセインを酢酸に溶解し、臭素を作用させると、赤インクの成分の エオシンができる。 堅牢度はやや低いが、羊毛・絹・媒染もめんに赤色の染色用。
2. ルミノールの実験:
(1) 3‐ニトロフタル酸の作成: 硝酸、硫酸 取扱注意
まず 無水フタル酸に 混酸を作用させて、ルミノールの前駆体の 3‐ニトロフタル酸(M=211.1、mp.210℃)を作成する。
無水フタル酸(M=148.1、mp.131.8℃) 30g、 濃硝酸(HNO3、60%、ρ1.38) 28ml、 濃硫酸(H2SO4、97%、ρ1.84) 28ml を、250ccフラスコに入れ、制御用温度計(白金センサ)を入れ、NO2排気用の管を付け、120℃以上に上げないように注意して、110−120℃で 2時間半(時々振り混ぜながら)加熱して、ニトロ化する。(初期の反応で温度が上がるので、必要に応じてフラスコを冷水で冷やす)
多くの白い沈殿ができてきたら、冷却後、少しずつ 75mlの冷水に投入し、一晩置いて、さらに加水分解し、NO2を発生させる。
これをろ過し、ろ過物を できるだけ少量の熱水に溶かし、放冷して、3‐ニトロフタル酸(溶解度: 5%(室温)、熱水・エタノールに溶)だけを晶出させ(結晶化に時間がかかる)、ろ過・乾燥する。
(同時にできる異性体の 4‐ニトロフタル酸は 水溶性なので、酸と共に除去される。) 収量: 約10g。
(2) ルミノール液の作成と 発光実験:
作成した 3‐ニトロフタル酸を、酢酸ヒドラジンの形で作用させ、5‐ニトロフタル ヒドラジドとし(ヒドラジン縮合)、アルカリ性で 亜ジチオン酸ナトリウム(=ハイドロサルファイト)を作用させニトロ基を還元して ルミノール(5‐アミノフタル ヒドラジド)を得る。
3‐ニトロフタル酸 1g、 硫酸ヒドラジン(H2N−N+H3・HSO4−、M=130.1 19.の8.で作成) 0.6g、 酢酸ナトリウム(CH3COONa・3H2O) 1.4g、 水(H2O) 1ml、 グリセリン(C3H8O3、bp.290℃、84〜87%) 5ml を、管ビンに入れ、220℃程度で 5分間 加熱する。 この時、ガラス管で管ビン内に息を吹き込んで 発生する水分や酢酸を飛ばす。(あるいは、アスピレーターで吸引) 液の色は暗褐色になる。
冷えたら、20mlの水を入れて溶かし、10%水酸化ナトリウム溶液 5mlを加えて、一旦ろ過する。(不溶性の浮遊物等を除く) ろ液(濃い褐色)に 亜ジチオン酸ナトリウム(=ハイドロサルファイト、Na2S2O4、アルカリ性で強い還元剤、しみ抜き剤) 2.5gを加えると、還元反応が起こり、液の色は薄くなる。
これを5分間煮沸する。
氷酢酸(CH3COOH) 2mlを加え 酸性にし、放冷して10分くらい経つと ルミノール(5‐アミノフタル ヒドラジド、M=177.2、mp.≒320℃、水に不溶、アルカリ性溶液に可溶)が析出してくるので、これを吸引ろ過してろ紙上に集める。
ルミノールの発光実験は、 このろ紙ごと 1%NaOH溶液 100mlに入れて溶かし(ろ紙は除く)、これを
A液とする。 また、フェリシアン化カリウム(=ヘキサシアノ鉄(V)カリウム、赤血塩、K3Fe(CN)6) 0.3g を水に溶かして100mlとし、これに 過酸化水素水(H2O2、30%) 1ml (あるいは、3%過酸化水素水 10ml)を加えた液を、 B液とする。 ・・・ B液は、すぐ分解するので、実験直前に調整する。
A液と B液を 等量ずつ(20ml+20mlなど)混ぜると、混ぜた瞬間から
5秒から7秒程度まで、 λ=460nmの青色で明るく発光する。
「ルミノール反応」は、わずかな血液にも反応するので、鑑識等に用いられる。
赤血塩や血液は触媒として作用。 過酸化水素の代わりに 次亜塩素酸ナトリウムでもできる。
3. アゾ色素の実験:
アゾ色素は、アゾ基 −N=N− を持つ色素で、特に、木綿(もめん)類の酸性染料として非常に多くの種類が用いられている。 黄色から赤系統の暖色系が多い。
まず ジアゾニウム塩を作り、次に、 1) フェノール類とカップリングする オキシアゾ化合物(酸性色素)と、 2) 第3アミンとカップリングするアミノアゾ化合物(塩基性色素) に大別される。 ここでは前者の
フェノール類とのカップリングの実験をする。
( 注) ジアゾ基は =N2 (N−=N+=) で、 塩化ベンゼンジアゾニウム C6H5−N+≡N・Cl− など。 分解しやすい。)
まず、塩化ベンゼンジアゾニウムを作る。 アニリン塩酸塩(塩酸アニリン、C6H5NH3+Cl−、M=129.6、 19.の5.で作成) 1gを 25mlの冷水に溶かし、氷水で5℃以下に冷却しながら 亜硝酸ナトリウム(NaNO2、M=69.0) 5gを 50mlの冷水に溶かし、2M 塩酸(HCl) 10ml と混ぜ合わせて、塩化ベンゼンジアゾニウムの溶液を作っておく。
(温度が高いと、窒素ガス(N2)とフェノールに分解する。)
次に、2‐ナフトール(β‐ナフトール、C10H7OH、M=144.2、mp.≒122℃、溶解度:0.74g/L水) 0.5gを 6M水酸化ナトリウム(NaOH) 10mlに溶かし、水10mlを加えておく。 この2‐ナフトールNa
の溶液を、ガーゼ等 もめんの布に塗布し、 上の 塩化ベンゼンジアゾニウムの溶液をかける(または、スプレーする)と、直ちにカップリングして、1‐フェニルアゾ−2‐ナフトール(スーダンレッドT)の 赤橙色に染まる。(↓左)
最も簡単なフェノールと塩化ベンゼンジアゾニウムでは、黄色の染色が(↓右)、 1‐ナフトール(α‐ナフトール)と塩化ベンゼンジアゾニウムでは、暗赤色の染色となる。
* アニリンの代わりに、2,4‐キシリジンなどのジアゾニウム塩のほうを変えて、スーダンU、等となる。
p‐ニトロアニリン(19. 7.で作成)のジアゾニウム塩と 2‐ナフトールとのカップリング(5℃以下)では水に不溶性の p‐ニトロアニリンレッドができる。 これは歴史上、木綿繊維上に水に溶けにくい(=洗濯で落ちにくい)アゾ色素を直接つける
最初の成功例となった。 先に2‐ナフトール溶液を布に塗布して乾かし、ジアゾニウム塩溶液を噴霧する。(↓左)
また、pH指示薬の メチルオレンジも、アゾ色素の一つで、水溶性。(pH変色域: 3.1−4.4)
4. トリフェニルメタン系色素の実験: (追記)
トリフェニルメタン((C6H5)3CH)の基本構造に、オキシ基(−OH)やアミノ基(−NH2)などが導入されたもので、フクシン(マジェンタ、ローズアニリン)、パラフクシン、マラカイトグリーン、アニリンブルーなどがあり、フェノールフタレインの 弱アルカリ性の形もこれになる。(1.(1)) 一般に、堅牢度は低く、酸アルカリに弱いが、色調は鮮明。 タンニン酸鉄(U)エマルジョンに染料を加えて インキが作られている。
(1) パラフクシン(パラ マゼンタ、パラ ローズアニリン)の作成実験:
@ p‐トルイジンの作成:
トルエンのニトロ化は、ベンゼンよりもはるかに進みやすいので、氷水で冷やして注意して行なう。
また、異性体が各割合でできるので、凍結して分離する。
硝酸 80ml、硫酸 100ml を混ぜた混酸をあらかじめ作っておき氷温まで冷やしておく。 フラスコに入れた トルエン 84ml に、氷浴中で10℃以下に保ち、撹拌しながら 30分かけて滴下する。 さらに流しで氷浴に漬けることと、フラスコを振り混ぜ(
注) ゴム手袋をする)ることを交互に繰り返し、赤褐色が 黄色になるまで続け(約1時間)、さらに、黄色くなってからも室温で30分振り混ぜる。 静置すると液は2層に分かれるので、分液漏斗で上の層を取り、下の酸は捨てる。(捨てる酸は多量の重曹で中和の事) ・・・・・ p‐ニトロトルエン 35−55%、 m‐ニトロトルエン <5%、 o‐ニトロトルエン 40−60% の混合液となる
液を再度分液漏斗に入れ、水で2回洗い、飽和重曹水で1回洗って、すべて下の層を取り、塩カルで振り混ぜ、よく乾燥する。
これをろ過して、100mlビーカーに入れて −10℃に冷凍すると、結晶化する。 これをへらでかき出し 吸引ガラスろ過器(100ml)で常温で結晶の成分だけを取る。=パラニトロトルエン(mp.51.7℃) (cf. m‐ 15℃、 o‐ −9.3℃、 bp.はすべて 220−238℃で
分留は不可能) この 冷凍−吸引ろ過 を3回繰り返して、結晶を取る。 結晶は、水で洗浄し、デシケーターで乾燥させる。(約15g) 残液は、低融点のo‐ニトロトルエンが主成分となり、後の実験のために別途
保存しておく。
次に、p‐ニトロトルエンを錫−塩酸で還元して、p‐トルイジンを作成する。
フラスコに、上記の p‐ニトロトルエン 15g、 錫粒(Sn) 20g(過剰量)を入れ、濃塩酸(HCl、35%、M36.5、ρ1.18) 50mlを、やや温めながら少しずつ滴下して 振り混ぜる。発熱・沸騰する場合は冷水で冷やす。 反応が終わると、ニトロトルエン層が消えて一層になる。
これに 水酸化ナトリウム(NaOH 96%) 22gを 80ml水に溶かして冷やしておいた液を 少しずつ加え、中和と同時にある程度錫酸を溶かして、トルイジンを遊離した状態にする。
これを250ml分液漏斗に入れ、まだ温かいうちに、上に浮いた オレンジ色の油分を取る。(約9g) 常温以下に冷やすと大部分が固化するので、吸引ろ過して
固形の p‐トルイジン(mp.43℃)だけを取り出し、さらに ろ紙の間に挟んで押して、液体層を取り除く。(約3g) p‐トルイジンは酸化されて褐色になりやすいので、早めに使い切る。 (cf.
o‐トルイジン: mp.−23℃、 o‐トルイジンは 発がん性(膀胱がん)なので、蒸気等を吸い込まないように注意。 o‐ニトロトルエンは還元しない事)
A パラフクシンの合成:
p‐トルイジン(p‐C6H4(NH2)CH3) 0.8g、 アニリン塩酸塩(19.5.) 2.0g、 塩化亜鉛(ZnCl2、・・・縮合・脱水剤) 3.0g、 ニトロベンゼン(18.1.、C6H5NO2、・・・トルイジンの酸化剤) 5ml、 鉄粉(Fe、・・・触媒) 0.5g を、太試験管に入れ、時々かき混ぜながら約160℃で 2時間加熱する。 p‐トルイジンは、ニトロベンゼンによって 一度、p‐アミノベンズアルデヒドに酸化され、2分子のアニリンと縮合して、パラフクシン塩酸塩になる。
パラフクシン塩酸塩は、溶解度が 1g/100ml水(25℃)なので、6N 塩酸 5ml加えた300mlの熱水で溶かし出し、常温で n‐ヘキサン50mlと振って 未反応の油分を除き、ろ過してから、煮詰めてシロップ状にする。 これを蒸発皿に入れて、シリカゲルと生石灰を入れたタッパーに入れて、一晩
乾燥させる。 さらに、出てきた結晶以外の溶液を捨て、結晶をかき出し、ろ紙+キッチンペーパーの上に2−3日置いて
潮解性の不純物(ZnCl、塩酸アニリンなど)をしみこませて除き、パラフクシン塩酸塩(=塩基性パラフクシン、パラ マゼンタ、パラ ローズアニリン)の乾燥結晶(緑色光沢の紫色)を得る。